第2回セミナー

日 時 2016年3月19日(土)
13:30~
テーマ 嚥下造影検査で診る神経筋疾患の嚥下
会 場 国立精神・神経医療研究センター
教育研修棟ユニバーサル・ホール
会 費 2,000円
日 時 2016年3月19日(土) 13:30~
会 場 国立精神・神経医療研究センター 教育研修棟ユニバーサル・ホール
会 費 2,000円

< 第2回セミナー 臨床の場の小さなヒントを大事にしよう >

                      国立精神・神経医療研究センター病院脳神経内科
                      難病嚥下研究会代表世話人
                      山本敏之

 本研究会は,難病の摂食嚥下障害に携わる有志によって2015年に発足した.難病の摂食嚥下障害について,多職種で論じ,知恵を寄せ合い,明日からの診療に役立てたいというのが,本研究会の趣旨である.この研究会を通じて,難病の摂食嚥下障害に携わるわれわれ医療者は,患者のためになにができるのかを問い続けていきたい.

 第2回セミナーは「臨床の場の小さなヒントを大事にしよう」をテーマに,5つの一般講演と1つの特別講演で構成される.一般講演1は症例報告で,嚥下障害を合併した希少疾患事例について,それぞれの職種の立場から問題提起がある.また,一般講演2は症例集積報告で,診断やリハビリテーションにかかわる興味深い発表がある.いずれの演題も示唆に富み,楽しみである.質疑応答の時間を長めに設定したので,活発な討論を期待する.

 ここで,東京大学神経内科の初代教授であった豊倉康夫先生の言葉を紹介したい.

 臨床の場では同じ性質の現象が繰り返し現れてくるが,それを見逃さないように.一度見たことはあまり意味をつけるな,ただよく覚えておけ.二度見たら何かあると思え.それは残念ながら,だいたい99.9%は本に書いてあることが多いが,稀には誰も気づいていないこともある.三度見たらただ事ではない.それは,常に何ものかである.

 希少疾患ゆえに,同じ疾患や同じ性質の現象を繰り返し見る機会は少ない.しかし,疑問に思った現象や有用であった対処について,情報を持ち寄り,みなで検討すれば,自分の経験したことがただ事ではないと気付くときがあるかもしれない.そして,患者にとって有益ななにかを見つけていくことができるかもしれない.本研究会が,そういう場に育っていけば幸いである.
 特別講演では,「嚥下造影検査で診る神経筋疾患の嚥下」として,疾患の特徴と嚥下障害の特徴を提示する.「神経筋疾患の摂食嚥下は難しい」というイメージが払拭されることを願っている.

< プログラム >

13:30~13:35 開会の言葉 二藤隆春(難病嚥下研究会世話人)

第一部 一般講演1(発表7分,質疑応答10分)
        座長 二藤隆春(東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科)
13:35~13:52 1. 経過24年で3度の誤嚥性肺炎を発症した眼咽頭型遠位型ミオパチー48歳男性例
        佐藤雅子(国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部)

13:53~14:10 2. 特発性正常圧水頭症による嚥下障害と診断されていた75歳男性例
        木村百合香(昭和大学医学部耳鼻咽喉科学講座)

14:11~14:28 3. パーキソニズム改善後も嚥下障害を認めたパーキンソン病75歳男性例
        中山慧悟(国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部)

第二部 特別講演(90分)
        座長 福本裕(国立精神・神経医療研究センター病院歯科)
14:30~16:00 嚥下造影検査で診る神経筋疾患の嚥下
        山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)

16:00~16:10 休憩

第三部 一般講演2(発表7分,質疑応答10分)
        座長 山本敏之(国立精神神経医療研究センター病院神経内科)
16:10~16:27 4. 嚥下障害を合併した炎症性筋疾患患者へのバルーン法導入の試み
        織田千尋(国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部)

16:28~16:45 5. 高度の嚥下障害で発症し抗cytosolic 5'-nucleotidase 1A抗体陽性であった筋炎の二例
        川添僚也(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)

16:46~16:51 閉会の言葉 山本敏之(難病嚥下研究会世話人)

< 概 要 >

一般演題1
1.経過24年で3度の誤嚥性肺炎を発症した眼咽頭型遠位型ミオパチーの48歳男性例
 佐藤雅子1,織田千尋1,遠藤聡1,小林庸子1,山本敏之2
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部
 2. 国立精神・神経医療研究センター病院神経内科
【はじめに】 眼咽頭型遠位型ミオパチー(OPDM)は眼瞼下垂,眼筋麻痺,顔面四肢体幹筋の筋力低下,嚥下障害を呈する筋疾患で,本邦では44~88人の患者がいると推定されている.われわれは,誤嚥性肺炎を繰り返したOPMD患者に食事指導する機会を得たので報告する.
【症例】 48歳男性.24歳でOPDMと診断された.29歳で双極性障害を発症した.37歳時の嚥下造影検査(VF)では,誤嚥はなかった.39歳時のVFでは,前回よりも喉頭蓋谷と梨状陥凹の残留が増えた.咽頭に固形物の残留がある状態で,液体を追加嚥下すると誤嚥した. その後,39歳,45歳,47歳で誤嚥性肺炎を発症した.また,食物をのどに詰まらせることがあった.47歳,肺炎後,筋力低下が増悪し,四つ這いでも移動できなくなり,当院に入院した.肺活量は3.93Lと保たれた.VFでは軟口蓋の挙上や咽頭収縮が見られなかった.食道入口部の開大は良好で,液体だけの嚥下では誤嚥しなかった.固形物の嚥下後,喉頭蓋谷や梨状陥凹に多量の残留を認め,液体を追加嚥下すると誤嚥した.段階2のとろみと嚥下調整食4で対応した.患者は嚥下調整食の必要性を理解せず,たびたび隠れて食品を購入した.また,退院後は,ヘルパーに食品の買い物を依頼し,断わられると,怒りだすことがあった.患者の希望に沿える範囲で,安全に食べられそうな食品を本人に指導し,ヘルパーにも書面で食事に関する注意事項をお渡しした.退院後3か月が経ち,肺炎の発症はない.
【考察】 本例は進行性に嚥下障害が悪化したOPMD患者である.VFで誤嚥を確認してから8年の間に,誤嚥性肺炎の発症を3回繰り返した.本例を除くと当院でVFを実施したOPDMの患者は5人で,そのうち検査後の追跡可能な3人であった.VFで誤嚥を認めたのは3人中2人で,いずれもVF後,経口摂取を続け,それぞれ5年,9年が経ち,どちらも誤嚥性肺炎の発症はなかった.OPMD患者の生活の質を落とさずに,安全に経口摂取するには,どのような対応が適切か検討したい.



2.特発性正常圧水頭症による嚥下障害と診断されていた75歳男性例
 木村百合香1, 2,大野慶子2,本庄需2,加藤貴行3,仁科裕史4
 1. 昭和大学医学部耳鼻咽喉科学講座
 2. 東京都健康長寿医療センター耳鼻咽喉科
 3. 東京都健康長寿医療センターリハビリテーション科
 4. 東京都健康長寿医療センター神経内科
【はじめに】 超高齢社会の進展や,胃瘻造設前嚥下機能評価加算の新設など,嚥下障害診療への興味が高まっている.一方,嚥下障害の原因疾患や病態への考察がなされぬまま,嚥下機能評価や嚥下訓練に焦点がおかれる傾向が散見される.今回,われわれは,長期にわたり正常圧水頭症と診断され,嚥下機能訓練を施行していた一例を経験したので報告する.
【症例】 75歳男性.72歳頃から歩行障害,認知機能低下が出現した.73歳9月に嚥下障害が生じ,他院で特発性正常圧水頭症の診断で脳室-腹腔シャント術をうけた.術後誤嚥性肺炎を発症し,人工呼吸器管理を要した.73歳11月気管切開術・胃瘻造設術施行.74歳,自宅退院し,訪問リハビリテーションと訪問歯科診療による直接嚥下訓練を継続していた.75歳5月気管カニューレ抜去するも閉鎖せず,気管切開孔閉鎖目的に7月当科紹介初診となった.初診時,前頸部に気管切開孔が残存し,摂食状況は藤島Lv.3であった.神経学的所見は,MMSE 25/30,顔面筋全体・胸鎖乳突筋の萎縮を認めた.嚥下造影検査上,舌根部は萎縮し,咽頭収縮・喉頭挙上は不良であった.当科入院の上,気管切開孔閉鎖術を施行し,神経内科にて針筋電図検査を施行した結果,安静時myotonic dischargeと随意収縮活動において筋原性変化を認め,筋強直性ジストロフィーの診断を得た.
【考察】 正常圧水頭症は,歩行障害・認知機能障害・尿失禁を3主徴とする疾患である.高度な嚥下障害を来すことは稀である.一方,筋強直性ジストロフィーは,呼吸器不全・感染が死因の50%を占め,嚥下障害への対応が重要な疾患である.特発性正常圧水頭症は治療による改善が期待され,積極的なリハビリテーションの介入の適応となるのに対し,筋強直性ジストロフィーは,筋強直による易疲労性からリハビリテーションは限定的とならざるを得ない.嚥下障害診療に際しては,原因疾患に応じた対応・指導を念頭に置くべきことを再認識させられた一例であった.


3.パーキソニズム改善後も嚥下障害を認めたパーキンソン病75歳男性例
 中山慧悟1,織田千尋1,村田美穂1,2,小林庸子1,山本敏之2
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部
 2. 国立精神・神経医療研究センター病院神経内科
【はじめに】 パーキンソン病(PD)の運動症状と嚥下機能は,ときに乖離することが知られている.われわれは,パーキソニズム改善後も嚥下障害の改善がないPD患者を経験したので,その対応について報告する.
【症例】 75歳男性.68歳時にPDと診断され,内服治療で,日常生活動作は自立であった.72歳春頃から食事中のむせが出現し,体重が3ヵ月で13kg減少した.内服困難になり,夏には寝たきりになった.秋に誤嚥性肺炎を発症し,肺炎治癒後も嚥下機能は改善しなかった.冬,胃瘻造設の適応について知るため,当院セカンドオピニオン外来を受診した.Hoehn & Yahr重症度(HY)分類V度で,認知症はなかった.姿勢の異常はなかった.頭部MRIで嚥下障害の原因になりうる他の疾患は否定された.74歳,内服治療を継続するために胃瘻造設した.胃瘻造設後,HY分類V度からHY分類Ⅲ度に改善した.体重は5ヵ月で5kg増加し,栄養状態も改善した.しかし,嚥下造影検査(VF)では,咽頭収縮力の低下と食道入口部の開大不全を認め,嚥下後,多量の咽頭残留を認めた.経口摂取再開に対する本人,家族の希望は強く,積極的に摂食嚥下リハビリテーションを実施した.舌圧訓練として,プローブを舌で5秒間押しつぶす運動を5回1セットとし,1日3セット行った.訓練開始から3週間で,最大舌圧は14.9 kpaから15.8 kpaに変化した.しかし,訓練後のVFでは,前回と同様の所見に加え,液体 5mlの嚥下で誤嚥を認めた.バルーン法をon時に限定して指導した.しかし,咽頭反射と上肢の振戦による操作困難のため導入できなかった.嚥下おでこ体操や舌突出嚥下訓練をそれぞれ1日2回ずつ行った.嚥下機能の改善はみられなかった.
【考察】 胃瘻造設後,パーキンソニズムと栄養状態は改善したにもかかわらず,嚥下障害は改善しなかった.このようなPD患者への対処法を検討したい.


一般演題2
4.嚥下障害を合併した炎症性筋疾患患者へのバルーン法導入の試み
 織田千尋1,中山慧悟1,佐藤雅子1,村田美穂1, 2,小林庸子1,山本敏之2
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部
 2. 国立精神・神経医療研究センター病院神経内科
嚥下造影検査(VF)で,食道入口部の開大不全を認めた,炎症性筋疾患患者7人(封入帯筋炎3人,多発筋炎3人,皮膚筋炎1人)にバルーン法の導入を試みたので報告する.
当院でのバルーン法導入の流れは,1) VFで評価後,医師から言語聴覚士(ST)にバルーン法の指示,2) 医師もしくはSTが患者にバルーン法の必要性を説明,3) STが患者にバルーン法のマニュアルを渡して説明,3)初回は医師立ち合いのもと,STが介助しながら患者に実施,4) 患者自身が一人でバルーン法を行えるようになるまでSTが指導,となっている.
炎症性筋疾患患者7人中3人は,バルーン法についての説明後,「つらそうだから」「何とか食べられているから」「かかりつけ医が導入に否定的だから」という理由で導入を拒絶した.導入できなかった3人は多発筋炎2人(77歳,81歳)と封入帯筋炎1人(82歳)であった.VFでは,3人とも誤嚥があり,咽頭残留多量であった.
バルーン法を導入できた残りの4人は,2,3回の練習で手技を習得した.また,4人全員が,バルーン法実施後に飲み込みやすさを自覚した.しかし,4人中2人は,導入後1か月程度でバルーン法を中止した.理由は,「手の動きが悪く,バルーン法がやりにくい」,「やらなくても何とか食べられる」であった.導入後中止となった2人は,皮膚筋炎1人(67歳)と封入帯筋炎1人(64歳)で,VFでは前者は誤嚥と多量の咽頭残留,後者は咽頭残留のみを認めた.また,食形態は,前者は嚥下調整食4,後者は嚥下調整食3であった.バルーン法を継続した2人(56歳,79歳)は,VFでどちらも誤嚥および多量の咽頭残留を認めた,食形態は,前者は常食,後者は嚥下調整食4であった.バルーン法を導入後,どちらも常食を摂取している.
食道入口部の開大不全がある炎症性筋疾患患者にはバルーン法が有効であると考えるが,導入には年齢,上肢の運動範囲や筋力,食に対する意識が影響すると考えた.

5.高度の嚥下障害で発症し抗cytosolic 5'-nucleotidase 1A抗体陽性であった筋炎の二例
 川添僚也1,森まどか1,金井雅裕1,大矢寧1,西野一三2,村田美穂1,山本敏之1
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院神経内科
 2. 国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第一部
Cytosolic 5'-nucleotidase 1A (cN1A)は骨格筋でのDNA修復に関与する酵素で,2013年に封入体筋炎患者の血清から抗cN1A抗体が同定された.本邦の抗cN1A抗体陽性患者に関しては報告が少なく,臨床像が不明である.われわれは高度の嚥下障害で発症するも,四肢筋力が保たれ,CKの上昇も軽度で,積極的には筋炎を疑いにくい2例において,抗cN1A抗体が陽性であったため報告する.
症例1: 81歳女性.77歳から食べ物がのどに詰まるようになった.78歳嚥下造影検査(VF)で下咽頭後壁に腫瘤様の隆起を認めた.一年間で体重62 kgから56 kgに減少した.食物をのどに詰まらせ窒息しかけた.嚥下内視鏡検査では異常を認めず,加齢性ないし心因性と考えられた.81歳当科初診した.軽度の左上肢筋力低下を認め,CK 236 IU/Lと軽度上昇を認めた.筋病理検査で炎症性筋疾患と診断した.ステロイドパルス療法および免疫グロブリン大量療法を施行したが,効果は限定的であった.
症例2: 56歳女性.54歳から食べ物がのどに詰まるようになった.一年間で体重51 kgから43 kgに減少した.56歳当科初診した.四肢筋力は保たれ,CK 151 IU/Lと基準値内であった.筋病理から炎症性筋疾患と診断した.ステロイドパルス療法が著効した.
両症例に共通する検査所見:抗cN1A抗体陽性,抗aminoacyl tRNA synthetase抗体(抗Jo-1抗体を含む)陰性であった.また,VFでは咽頭収縮力低下および嚥下時の咽頭後壁の隆起(cricopharyngeal bar)を認めた.筋生検では筋線維に浸潤する炎症細胞を認めた.
当科の筋炎患者30人のうち,VFで嚥下障害を認めた14人中6人が抗cN1A抗体陽性(感度35%)であった.VFで嚥下障害を認めなかった16人中15人が抗体陰性(特異度93%)であった.抗cN1A抗体は嚥下障害に関与する可能性がある.

特別講演
嚥下造影検査で診る神経筋疾患の嚥下
 山本敏之 (国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)
神経筋疾患の嚥下障害は原疾患の病態を反映するため,嚥下障害の診療においても疾患を理解することが大切である.しかしながら,神経筋疾患の嚥下造影検査を,系統立てて診る機会は少ない.本講義では,神経系の障害が,嚥下に与える影響を解説したい.
嚥下関連筋に筋力低下が起こった場合の嚥下障害として,重症筋無力症のエドロフォニウム試験前後の嚥下を提示する.嚥下関連筋の筋線維の炎症が起こった場合の嚥下障害として,炎症性筋疾患,筋ジストロフィーを提示する.運動ニューロンの障害による嚥下障害は,障害部位によって病態が異なる.パーキンソン症候群では錐体外路症状だけでなく,複合的な異常として嚥下障害が現れる.自験例から,内服治療,摂食嚥下リハビリテーション,誤嚥防止術など,いくつかの治療法を提示する.