日 時 | 2018年10月6日(土) 14:30~ |
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テーマ | 筋萎縮性側索硬化症の摂食嚥下 |
会 場 | 国立精神・神経医療研究センター 研究所3号館セミナールーム |
会 費 | 2,000円 |
日 時 | 2018年10月6日(土) 14:30~ |
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会 場 | 国立精神・神経医療研究センター 研究所3号館セミナールーム |
会 費 | 2,000円 |
< 第6回セミナー 筋萎縮性側索硬化症の摂食嚥下 >
国立精神・神経医療研究センター 嚥下障害リサーチセンター長
同 病院脳神経内科医長
難病嚥下研究会代表世話人
山本敏之
みなさまのご協力のおかげで,難病嚥下研究会第6回セミナーを開催するに至りました.今回のテーマは「筋萎縮性側索硬化症の摂食嚥下」です.
筋萎縮性側索硬化症は19世紀後半に,フランスの医師J.M.シャルコーが患者の臨床像と病理所見を詳細に調べ,一つの疾患として確立しました.しかしながら,1世紀以上が経っても,なぜ運動ニューロンだけが変性し,消失してしまうのか,病態解明の糸口はつかめていませんでした.それゆえ,故豊倉康夫東大名誉教授は,「筋萎縮性側索硬化症は手掛かりを残さない完全犯罪」と述べたほどです.21世紀になり,ようやく筋萎縮性側索硬化症の病態解明に一筋の光が差しました.2006年,筋萎縮性側索硬化症の主要な構成蛋白として,TDP-43が報告されたのです.TDP-43は正常な細胞の核内にも存在しますが,筋萎縮性側索硬化症では,核からTDP-43が消失し,細胞質内にTDP-43陽性凝集体が現れます.この知見から,筋萎縮性側索硬化症は,核内では本来TDP-43が行うべき機能の喪失があり,細胞質内ではTDP-43陽性凝集体が毒となり,運動ニューロンが死に至る,という仮説が立てられ,研究が進んでいます.
臨床においても変化がみられています.かつて「患者に筋萎縮性側索硬化症の病名を告知することは死刑宣告にも等しい,告知するな」と言われた時代がありました.それが今では「医療処置が適切な時期に行われるためには,事前の告知が必要である」(「筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013」)と考え方が変わってきています.適切な時期に医療処置を行うためには,医療者が筋萎縮性側索硬化症について,十分に理解する必要があります.
多職種が参加するこのセミナーでは,実践的な知識をわかりやすく学んでいただきたいと思っています.今回は筋萎縮性側索硬化症の嚥下障害と栄養障害をテーマとしました.特別講演として東京都立神経病院の清水俊夫先生に,筋萎縮性側索硬化症の栄養管理についての最新の情報を講義していただきます.本日のセミナーで得た知識が,明日からの診療に生かせられれば幸いです.
< プログラム >
14:30~14:35 開会の言葉 山本敏之(難病嚥下研究会代表世話人)
座長 山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科)
14:35~15:30 講 演: 筋萎縮性側索硬化症の嚥下に関わる問題
山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科)
15:30~16:30 特別講演: 筋萎縮性側索硬化症の栄養障害とその対策
清水俊夫(東京都立神経病院 脳神経内科)
一般演題: 座長 木村百合香(東京都保健医療公社荏原病院 耳鼻咽喉科)
16:40~16:55 封入体筋炎による嚥下障害を合併したパーキンソン病68歳女性例
阿部弘基他(国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科)
16:55~17:00 閉会の言葉 木村百合香(難病嚥下研究会世話人)
< 概 要 >
1.筋萎縮性側索硬化症の嚥下に関わる問題
山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科)
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの細胞体が散発性・進行性に変性脱落する神経変性疾患である.その有病率は人口10万人に7~11人で,毎年,人口10万人に1.1~2.5人が新規に発症する.近年,ALSの多様性が明らかになり,19世紀後半にシャルコー(Charcot)が確立したALSは,今では古典的ALSと言われる.
ALSでは予後不良につながる因子として,球麻痺で発症,栄養不良状態が挙げられており,嚥下障害やそのための栄養不良は発症早期から対処しなければならない.ALSの嚥下障害は,障害される部位が一様ではない.口腔の症状が先行するALS患者は,舌の動きが悪く,構音障害を伴う.下位運動ニューロンが障害されていれば舌萎縮も伴う.舌運動が不良な患者は咀嚼も悪く,食形態の調整が必要になる.また,嚥下造影検査で咽頭期に異常がなくても,口腔からの送り込みが安定せず,不用意な送り込みのために誤嚥することがある.むせがある場合にはしばしばとろみが有効である.咽頭期の障害が先行するALS患者は,喉頭挙上の障害や咽頭収縮の障害などが現れる.むせや咽頭つまり感を自覚することが多いが,不顕性誤嚥も起こり得る.
嚥下に関わる問題には呼吸障害がある.肺活量低下による換気不全は食事中の疲労の原因になりうる.また,胃瘻造設のタイミングの決定には,嚥下障害だけでなく,肺活量を考慮する必要がある.「筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013」では,%努力性肺活量が50%未満になる前に胃瘻造設を行うことが推奨されている.呼気流速の低下があれば喀痰の排出が障害され,誤嚥性肺炎のリスクは上がる.誤嚥防止術の適応を検討する.
2.筋萎縮性側索硬化症の栄養障害とその対策
清水俊夫(東京都立神経病院 脳神経内科)
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,病初期に急激な体重減少を呈することが知られている.体重減少の原因は,骨格筋の萎縮,嚥下障害による食事量の減少,呼吸筋麻痺による呼吸仕事量の増大などのほかに,疾患特異的なエネルギー代謝の亢進状態があると考えられている.また,ALSにおける体重減少は生命予後を予測する独立した因子であり,診断時の体格指数(BMI)が18.5未満,病前体重の10%以上の体重減少,また年間BMIの減少率が2.5以上は生命予後が悪いと報告されてきた.
この体重減少をいかにくいとめるかが栄養療法のポイントであり,いかにエネルギー摂取量を増やすかが重要である.消費エネルギー量以上のエネルギー摂取が必要だが,ALS患者の消費エネルギー量の簡単な推定式が米国と本邦から報告されている.改訂ALS重症度スコアを用いた簡易な式で,今後臨床応用が期待される.この式から算出したエネルギー消費量が摂取エネルギー量よりも常に大きい場合は胃瘻造設(PEG)を考慮すべきかもしれない.2009年に発表された米国神経学会によるALSの栄養療法のガイドラインでは,PEGは体重の安定化と生命予後の改善を目的とすることが明記されており,PEGが単なる嚥下障害に対する対症療法ではないことを示している.PEGの時期については,咽せや食事量の減少などの自覚症状,BMI<18.5ないしは10%以上の体重減少がある場合,とされている.呼吸機能が保たれている早期にPEGを行うべきことは言うまでもない.
高エネルギー療法が生命予後に影響を与えるかどうかはまだ不明であるが,2014年に高エネルギー療法に関する第2相試験の結果が報告された.それによると高炭水化物高エネルギー食が生存期間を改善させる可能性があるとされており,生命予後を改善させる最も安価な治療手段として栄養療法に期待が集まっている.
一般演題
封入体筋炎による嚥下障害を合併したパーキンソン病68歳女性例
阿部弘基1, 齊藤勇二1, 森まどか1, 西野一三2, 山本敏之1,髙橋祐二1
1. 国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科
2. 国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第一部
本症例は封入体筋炎による嚥下障害を合併したパーキンソン病68歳女性例である.64歳頃に食事中に固いものが飲み込みにくくなった.65歳からはパサパサした食物を飲み込みにくくなった.同時期から歩幅が狭くなり,ゆっくり歩くようになった.また左手でボタンを留めにくいと自覚した.66歳からはスープのような粘性のあるものを飲み込みにくくなった.半年で体重が10kg減った.67歳からは水でもむせるようになった.近医脳神経内科で,静止時振戦,左上下肢の筋強剛,寡動,姿勢反射障害を指摘された.ドパミントランスポーターSPECTでは線条体黒質の変性が示唆された.MIBG心交感神経シンチでは心縦郭比の低下を認めた.パーキンソン病と診断された.L-ドパで寡動
は改善したが,飲み込みは改善しなかった.68歳,当科に入院した.入院時に誤嚥性肺炎を認めた.嚥下造影検査では,咽頭収縮不良,cricopharyngeal
bar等を認めた.MRIでは右大腿屈筋群,右棘上筋,右棘下筋,右肩甲下筋,右上腕二頭筋にMRI STIR画像で高信号域を認めた.右大腿直筋から筋生検した.病理では,縁取り空胞をともなう筋線維,非壊死性線維へのCD8陽性細胞の浸潤像,HLA-ABCの発現亢進,p62の凝集体等を認め,封入体筋炎と診断した.免疫グロブリン大量静注療法を行ったが嚥下障害は改善しなかった.本症例は,嚥下造影検査がパーキンソン病による嚥下障害と炎症性筋疾患による嚥下障害の鑑別に有用であった.