第7回セミナー

日 時 2019年4月20日(土)
14:30~
テーマ 認知症疾患の摂食嚥下
会 場 国立精神・神経医療研究センター
教育研修棟ユニバーサル・ホール
会 費 2,000円
日 時 2019年4月20日(土) 14:30~
会 場 国立精神・神経医療研究センター 教育研修棟ユニバーサル・ホール
会 費 2,000円

< 第7回セミナー 認知症疾患の摂食嚥下 >

国立精神・神経医療研究センター 嚥下障害リサーチセンター長
同 病院脳神経内科医長
難病嚥下研究会代表世話人
山本敏之

 みなさまにご支援いただき,難病嚥下研究会は第7回セミナーを開催するに至りました.今回のテーマは「認知症疾患の摂食嚥下」です.
 日本に「認知症(英:dementia, 独:Demenz)」という言葉が入ってきたのは明治5年(1872年)のことで,当時は「狂ノ一種」とされました.明治41年(1908年)になると,日本帝国大学医科大学教授 呉秀三が,「痴呆」という訳語を提唱しました(「痴呆」に代わる用語に関する検討会第2回議事次第より).「痴呆」は長期にわたって使われ,社会に浸透しましたが,「侮蔑的な表現である上に,「痴呆」の実態を正確に評しておらず,早期発見・早期診断の取り組みの支障になっている」(厚生労働省ホームページ)として,2004年に「認知症」という名称に代わりました.
 日本で「痴呆」という訳語が提唱されたころ,アルツハイマーはアルツハイマー型認知症の,最初の報告をしています(Alzheimer. Neurol Centralbl 25:1134, 1906).1906年にアルツハイマーが書いた抄録の最後を引用しましょう(古川哲雄著「ヤヌスの顔第5集」より抜粋).

 全体としてみると,ある特異な病的過程が存在することは明らかであるし,このような特異的な病態が最近になって数多く確認されている.これらの観察からわれわれは,この特異な病気を既知の疾患群の中に入れてしまうことで満足してはならない.教科書に記載されているよりもはるかに多くの精神疾患が存在する.多くの症例において,組織学的検索がそれらの特徴を明らかにするであろう.そして,教科書の中の多くの疾患群の中からも,個々の病気を臨床的に分離し,それらを臨床的によりはっきりと区別することができるようになるであろう.

 アルツハイマーの予言通り,認知症疾患の組織学的検索が進み,病理像から疾患が分類されるようになりました.そして,今では病理分類された認知症疾患の,臨床的な特徴を明らかにする試みが続いています.
 今日のセミナーでは,認知症疾患を整理し,その摂食嚥下の特徴をまとめたいと思います.また,誰もが知りたいであろう,アルツハイマー型認知症の摂食嚥下については,特別講演として東京都健康長寿医療センターの平野浩彦先生をお招きしました.経験豊かな平野先生のご講演はとても楽しみです.本日のセミナーで得た知識が,明日からの診療に生かせられれば幸いです.

< プログラム >

14:30~14:35 開会の言葉 山本敏之(難病嚥下研究会代表世話人)

        座長 山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科)
14:35~15:30 講 演: 認知症疾患の特徴と摂食嚥下
        山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科)
15:30~16:30 特別講演: 認知症の人の食支援の視点:アルツハイマー病を中心に
        平野浩彦(東京都健康長寿医療センター 歯科口腔外科)

一般演題:   座長 木村百合香(東京都保健医療公社荏原病院 耳鼻咽喉科)
16:40~16:55 咀嚼の改善にオクルーザルスプリントが有効であったデュシェンヌ型筋ジストロフィー20歳男性例
        福本裕 他(国立精神・神経医療研究センター病院 歯科)
16:55~17:10 嚥下障害で発症しエドロフォニウム試験で嚥下が改善した77歳男性例
        新井佐和 他(昭和大学 耳鼻咽喉科)
17:10~17:25 重度嚥下障害に甲状軟骨舌骨固定術と輪状咽頭筋切断術が有効であった封入体筋炎78歳女性例
        二藤隆春 他(埼玉医科大学総合医療センター 耳鼻咽喉科)

17:25~17:30 閉会の言葉  二藤隆春(難病嚥下研究会世話人)

< 概 要 >

1.認知症疾患の特徴と摂食嚥下
 山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科)
 わが国の認知症疾患は,アルツハイマー型認知症が約7割,血管性認知症が約2割,レビー小体型認知症が約1割とされ,他に前頭側頭型認知症や進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症がある.いずれも経過中に摂食嚥下障害が出現しうる疾患である.認知症疾患の特徴を知り,その摂食嚥下の特徴を知ることは,方針の決定に有利であることが多い.
 アルツハイマー型認知症は,嚥下先行期の障害が多く,発症早期には咽頭期の障害は少ない.誤嚥は1割程度で,むせのある誤嚥が多いとされる.血管性認知症は,障害を受けた部位の局所神経徴候が現れる.嚥下においては食塊形成と咀嚼の障害,嚥下反射の惹起遅延,むせのない誤嚥(不顕性誤嚥)が,アルツハイマー型認知症よりも多いとされる.レビー小体型認知症は不顕性誤嚥が多いことが特徴である.嚥下の口腔期,咽頭期がともに障害される.L-dopaは嚥下障害には必ずしも有効ではない.前頭側頭型認知症の病型には,筋萎縮性側索硬化症を伴うタイプ(FTD-MND)があり,多くは認知症に続き,筋萎縮性側索硬化症にみられるような重篤な嚥下障害が現れる.進行性核上性麻痺では半数以上の患者に嚥下の開始の遅れや舌運動の障害,早期咽頭流入,喉頭蓋谷の残留を認め,約2割に誤嚥を認める.大脳皮質基底核変性症は,運動機能が悪い患者ほど嚥下に関する訴えが多い.分割嚥下(食物を一度に飲みこまず,数回に分け口腔から咽頭に送り込むこと),咽頭残留,食物の送り込みの障害や舌運動の停止などがしばしば観られる.


2.認知症の人の食支援の視点:アルツハイマー病を中心に
 平野浩彦(東京都健康長寿医療センター 歯科口腔外科)
 アルツハイマー病の軽度から前期重度のステージは,認知症の人をとりまく“環境との関わりの障害”への対応が中心となる.この時期の食の課題は「食べたことを忘れる」「食事の場面が理解できない」「食具(箸など)の使い方が分からなくなる(失行)」などである.また口腔衛生の課題として「ブラッシングをしたことを忘れる」「歯磨き介助の拒否」などにも対処しなければならない.これよりも進んだステージでは,認知症で生じる“身体機能の障害”が問題になる.すなわち,「含嗽が出来ない」「咀嚼運動が起こらずため込んでしまう」「むせてしまう」といった症状である.さらに進行すると「経口摂取困難」となり,緩和ケアの視点が必要となる.このように,認知症の人の食を支える視点は,認知症の容態に応じた対応が必要で,強調されがちな“身体機能障害”の評価だけでなく,記憶障害,見当識障害などによる“環境との関わりの障害”も含めた評価が必要である.
 日本老年医学会は,高齢者の終末期の医療およびケア」に関する日本老年医学会の「立場表明2012」を発表した.この立場表明の中で「年齢による差別(エイジズム)に反対する」論拠として,「胃瘻造設を含む経管栄養や,気管切開,人工呼吸器装着などの適応は,慎重に検討されるべきである.すなわち,何らかの治療が,患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには,治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある.」と述べている.本講義では認知症,特にアルツハイマー病のステージに沿って,認知症の進行にともなう摂食嚥下機能の問題点について考えたい.


一般演題
1.咀嚼の改善にオクルーザルスプリントが有効であったデュシェンヌ型筋ジストロフィー20歳男性例
 福本 裕1,川邊裕文1,小川順子2,山本敏之3,三山健司4
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院歯科
 2. 国立精神・神経医療研究センター病院看護部
 3. 国立精神・神経医療研究センター病院神経内科
 4. 国立精神・神経医療研究センター病院外科
【はじめに】デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)では,歯列不正や下顎の解剖学的な異常と咀嚼筋の筋力の低下に伴って,咬合接触面積の減少,咬合力の低下および咀嚼運動に影響し摂食障害が現れる.DMD患者の咀嚼障害に対しオクルーザルスプリント(OS)を応用したので報告する.
【症例】患者は3歳から階段が登れず,走ることができず,易転倒性が目立った.4歳時,筋生検でDMDと診断された.8歳頃から歩行不能になり,電動車いすの使用を開始した.10歳時,両上肢挙上困難となり,食具の使用ができなくなった.この頃から主食は粥食,副食は一口大にした.13歳時,学校給食で副食が噛み切れなくなり当科受診した.初診時の口腔内所見は,歯牙は28本で欠損を認めなかったが,上下歯列弓は拡大し,咬合部位は両側大臼歯部だけで,咬合接触面積は3.7㎟であった.咬合部位を増やす目的でOSを応用し,咬合接触面積は26.6㎟まで拡大した.OSの効果を咬合力と咬筋・顎二腹筋の筋活動量で経過観察をした.筋活動量は,咬筋は食いしばり時,顎二腹筋は最大開口時を最大随意収縮とし,そのときの振幅に対するガム2分間咀嚼時の各筋の平均振幅の比率(%MVC)で正規化し比較した.OS使用開始(13歳)から7年(20歳)の間,咬合力は13.9kgから16kg台に維持された.また,観察期間中,%MVC は咬筋が76.8%から33.4%,顎二腹筋8.7%(14歳から測定)から18.0%になり,咬筋に対する顎二腹筋の活動する比率が増した.またOSの使用によりチューイングサイクルが上下,前後ともに大きくなった.実際の食事において咀嚼開始後,嚥下までの時間が早くなった.患者は少ない咬合部位を探して噛む必要がなくなり咀嚼に顎を大きく動かせると自覚した.
【考察】DMD患者の咀嚼障害がOSの使用により改善した.咬筋に対する顎二腹筋の活動比が増え,チューイングサイクルも大きくなったことから咀嚼運動が大きくなったと考えられた.


2.嚥下障害で発症しエドロフォニウム試験にて嚥下が改善した77歳男性例
 新井佐和1,木村百合香1, 2,齋藤悠3,小林一女1
 1. 昭和大学耳鼻咽喉科
 2. 東京都保健医療公社荏原病院耳鼻咽喉科
 3. 昭和大学脳神経内科
【緒言】抗アセチルコリン受容体抗体陽性重症筋無力症(以下MG)は神経筋接合部のシナプス後膜に存在するニコチン性アセチルコリン受容体(以下AchR)に対する自己抗体が原因の疾患である.眼瞼下垂や複視などの眼筋症状,嚥下障害,四肢体幹の筋力低下,呼吸障害等が現れ,反復運動による筋力低下の増悪と休息による改善を特徴とする.今回われわれは嚥下障害と構音障害を主訴としたMG患者において,エドロフォニウム試験が病態評価に有用であったので報告する.
【症例】77歳男性.X-1年8月頃から,夕食中の咽せが多くなった.同年10月頃から,嚥下困難感を自覚,1回の食事時間に1~2時間程度かかるようになり,鼻咽腔逆流感や喋りづらさも出現した.上部消化管内視鏡検査では異常を認めず,X年11月に近位耳鼻咽喉科より当科を紹介受診した.開鼻声を認めたが,咽喉頭の器質的疾患や四肢の筋力低下はなかった.嚥下内視鏡検査では鼻咽腔閉鎖不良と咽頭クリアランスの低下を認めた.頭部MRIでは前頭葉に軽度萎縮を認める程度であった.血液生化学検査では抗AchR抗体陽性であった.当院脳神経内科を受診し,構音障害・嚥下障害の2項目の症状と,易疲労性,症状の日内変動があり,抗AchR抗体陽性MG(全身型)と診断された.嚥下造影検査では鼻咽腔閉鎖不良,咽頭収縮や喉頭挙上の不良や咽頭クリアランスの低下を認め,エドロフォニウム試験後はこれらの所見は改善した.
【考察】MGは四肢の筋力低下よりも,軟口蓋,咽喉頭筋,舌筋の筋力低下による嚥下障害,構音障害が目立つことがある.全身状態と乖離を認める嚥下障害を見た際は神経筋疾患なども含めた注意深い診察が重要である.


3.重度嚥下障害に甲状軟骨舌骨固定術と輪状咽頭筋切断術が有効であった封入体筋炎78歳女性例
 二藤隆春1,2,3,山本敏之3
 1. 埼玉医科大学総合医療センター耳鼻咽喉科
 2. 東京大学医学部耳鼻咽喉科
 3. 国立精神・神経医療研究センター脳神経内科
【はじめに】封入体筋炎は嚥下障害を伴う場合が多いが,症例により病態はさまざまである.輪状咽頭筋弛緩不全例では輪状咽頭筋切断術やバルーン拡張法の有効性が報告されているが,咽頭圧形成不全例では対応に難渋する.今回,輪状咽頭筋切断術と喉頭挙上術のひとつである甲状軟骨舌骨固定術を実施し,良好な経過を得た症例を経験したため報告する.
【症例】78歳女性.X-5年,他疾患での血液検査時に血清CK値の高値を指摘された.X-4年,咽喉頭異常感でA耳鼻咽喉科受診も異常指摘されず.X-2年7月頃より,頻回に発熱(39度台).B内科で右肺尖部の陰影認め,非結核性抗酸菌症が疑われたが確定診断が得られなかった.同9月頃より嚥下困難が徐々に増悪し,体重が減少した.X-1年9月,C大学病院で嚥下機能低下を指摘され,Dリハビリ病院で加療するも改善しなかった.X年1月,国立精神・神経医療研究センター脳神経内科(飲みこみ外来)を受診した.四肢体幹の筋力低下は軽度であった.嚥下造影検査で輪状咽頭筋圧痕像を認め,筋疾患が疑われた.同2月,針筋電図,骨格筋MRI,筋生検で封入体筋炎と診断された.免疫グロブリン療法を2クール施行するも改善しなかった.バルーン法は嘔気のため継続困難であった.同5月,東京大学病院を紹介受診.同7月,左輪状咽頭筋切断術を施行した.術後,輪状咽頭筋圧痕像が消失し液体の嚥下は容易となったが,咽頭収縮不良のため,満足度は低かった.術後に大量ステロイド療法を実施したが無効であった.同11月,甲状軟骨舌骨固定術を実施したところ,右頸部回旋により食道入口部の左側が開大し,軟食の摂取が容易となった.発熱もみられなくなり,CRPも陰転化した.
【考察】咽頭収縮不良例では,輪状咽頭筋切断術の単独施行による効果が乏しいため,喉頭挙上術との併施が適応となる.気管切開術が必要となる甲状軟骨下顎固定術を望まない場合,甲状軟骨舌骨固定術でも頸部回旋法との併用により,随意的な食道入口部の開大が得られる可能性があるため,試みる価値がある.